旧国道8号線 金ヶ崎隧道レポ  


最初に少しだけ、書かせていただく。

新しい趣味に目覚めました。

何でこんな、そして何でこんなときに?とは思うかと思いますけど、正直楽しいですw

何かというと、「廃道・廃隧道」。
既に使われなくなった隧道を探し、そこへ続く廃道を走る。
それが嫌に楽しいのです。


mixiでお世話になっている方々は日記でレポを公開しているのでお分かりでしょうが、酷道(国道なのに酷い道)や険道(県道なのにかなり険しい道)なども走っています。

何度かレポを上げてきましたが、本当の意味で、廃道や廃隧道を21日に初訪問、そして初チャレンジ。
そのため、これ以降のレポはこちらで書かせてもらいます。




えー、というわけでですね。

最初のレポは10月21日に訪問した国道8号線旧道のレポからです。




まず国道8号線。もちろんご存知かと思います。
新潟県新潟市から京都府京都市まで、588キロの長い国道です。

今回の国道8号線旧道区間の調査対象は越前市妙法寺〜敦賀市金ヶ崎へ至る道、つまり「敦賀街道」と呼ばれた道のことです。


大体は現在の国道8号線と同じルートを通っていたと言えます。

ですが、一部区間でかけ替えられた場所があります。

今回から、このかけ替え区間も含め、敦賀街道を自転車でひた走ろうという企画です。
もちろん、死んだ廃隧道もすべて自転車で走破し、再び生き返らせようというものです。




そのうちの一つが今回のレポで書く、金ヶ崎隧道付近


まずは現場の地図を見ていただきましょう。

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地図にも書かれている通り、下部中央から右上部へ向かうように引かれているオレンジ色の道路が現在の国道8号線非バイパス区間です。
「敦賀街道」、「金ヶ崎トンネル」の表記もあります。


ここにも“旧道”が存在していました。
それが、赤色と青色で書き加えた部分。
いずれも現存していますが、右上の点線部分は 現存していません 。

理由は後ほど書くとして、写真を載せていきましょう。


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まずは赤色部分の一番下部の場所から。

ほんの4年前まではこの先の線路に列車が走っていました。
ご存知の通り、敦賀港線です。
踏切もあったのですが、現在は撤去されています。

この道が旧8号線でした。
実はこの道が国道8号線であったのはたったの4年間。
昭和27年に国道8号線になりましたが、昭和31年に現在の非バイパスにある金ヶ崎トンネルが開通したため、この隧道は封鎖されました。


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アプローチ道は現在通行止めになっています。

今回は自転車なので横の隙間から入らせていただきます。


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道は上り坂。少しきついです。

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ゆっくり進むと、次第に路面から草が生え始めます。
そして横の看板見てください。

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落石あり  立入禁止

落石注意じゃなくて落石ありですよ。
どれだけこの先に進めたくないのやら・・・。

少し進むとこんなものが。

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   ∩___∩
   | ノ      ヽ
  /  ●   ● | クマ──!!
  |    ( _●_)  ミ
 彡、   |∪|  、`\
/ __  ヽノ /´>  )
(___)   / (_/
 |       /
 |  /\ \
 | /    )  )
 ∪    (  \
       \_)


どう考えたって熊捕獲用のアレですよ。ご丁寧にご飯(ドングリ?)が巻き散らかしてありますよ・・・。

そしてそこから道の先を見れば・・・

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あっ!

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あった・・・。




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これこそ、旧金ヶ崎隧道です。

この金ヶ崎隧道は敦賀街道の武生付近の部分、春日野街道と繋げることになったため作られた隧道です。
明治19年に立てられた、とても貴重な隧道なんです。

調べてみると、この隧道の扁額には吉祥洞という文字が書かれていますが、これを書いたのは明治の大人物「山縣有朋」だそうです。
・・・自分は世界史専攻なので・・・。


ちなみに逆側、福井側の扁額はかの有名な福井藩藩主「松平春嶽」です。

敦賀側は撮影しましたが、福井側は残念ながら草に隠れて見ることも難しかったです。

今回の目的は、車輌による廃隧道の走破ですので、乗ってきた自転車を何とかフェンスを乗り越え隧道内へと入ります。

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隧道内は比較的保存状態はよかったです。
煉瓦が美しいですね。

長さは290メートル、現在の金ヶ崎トンネルとほぼ隣り合うように通じています。

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というわけで走破しました。

長さは200メートル以上あるので中間部分は明かりがなければ真っ暗で何も見えません。

かつ、中間部分にはぼろぼろに朽ちた軽自動車の廃車体が置いてあって雰囲気が凄いです。
恐らく崩壊か何かに巻き込まれて捨てられたのでしょう。

路面はすべて土です。車輌は自転車以外乗り入れることは無理でしょうが、起伏があって少し走りづらいです。
また、福井側から敦賀側にかけて下りになっているので、帰りはスピードに気をつけてください。

あまり路面に目立った崩壊とかはありませんので、小石などに気をつければ車輌に乗ったままでも走行できます(実際乗って走行しました)。


さて、写真を見て分かるとは思いますが、この外側・・・。


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完全廃道でございます。

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この先にはセメント工場があります。

セメント工場を建設する際に土地を削り取られ、それに旧道は巻き込まれた形で途切れています。
トンネル内写真に写っているパイプライン、このセメント工場へ通じています。


詰まるところ、この金ヶ崎隧道の福井側坑門はセメント工場の敷地内ってことです。
建物ははるか崖下とはいえ、長居は禁物。さっさとトンネルを戻ることにします。

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金ヶ崎隧道。2012年現在もなお、通行は可能です。


そして、これが人生初の廃道・廃隧道探検となりました。


軽く次回予告をしましょう。

帰りにもう1箇所、隧道をめぐっていますが、そちら、アプローチ道で既に


命の危険を感じています。

次回、お楽しみに。
12



2014/12/11  10:06

投稿者:森T

まだ20年まえは軽自動車もましでしたが窓からごむほーすが差し込まれており、排ガスで自殺した方の車といわれてましたが…
20年まえはトンネルの前にぼろぼろの家があり老婆が住んでましたが、どのブログにも家、もしくは廃屋の言及がないんですよね
廃好き達のレーダーが反応しなかったことからもう取り壊されたんでしょうか

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